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靖国神社参拝 - お出かけ [古刹]

以前から気になっていた日本の終戦後の米国及び連合国による「東京裁判」に関してパール判事(インド人)の意見書を見て感銘をうけていた。

パール判事はこの通称「東京裁判」が勝利に傲る連合国の、今や無力となった敗戦国日本に対する野蛮な復讐の儀式に過ぎない事を看破し、事実誤認に満ちた連合国の訴追には法的根拠が全く欠けている事を論証し被告団に対する全員無罪と判決する意見書を公にされたのであります。

そして偶然下記の文を知った。

1952年、「世界連邦アジア会議」の講演のため再び来日したパールは、広島の平和記念公園を訪れた際、慰霊碑に書かれた「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」という碑文を通訳が訳すのを聞いた瞬間、不審と怒りに満ちた表情を浮かべたといいます。 

そして彼はこう言いました。
「ここにまつってあるのは原爆犠牲者の霊であり、原爆を落したものは日本人でないことは明瞭である。落としたものの責任の所在を明かにして、”わたくしはふたたびこの過ちは犯さぬ” というのなら肯ける。しかし、この過ちが、もし太平洋戦争を意味しているというなら、これまた日本の責任ではない。その戦争の種は、西欧諸国が東洋侵略のために蒔いたものであることも明瞭だ」。 「ただし、過ちをくり返さぬということが、将来再軍備はしない、戦争は放棄したという誓いであるならば、非常にりっぱな決意である。それなら賛成だ。しかし、それならばなぜそのようにはっきりした表現をもちいないのか」。

「原爆を投下した者と、投下された者との区別さえもできないような、この碑文が示すような不明瞭な表現のなかには、民族の再起もなければまた犠牲者の霊もなぐさめられない」。 これに対して、広島市の本照寺の住職が「過ちは繰り返しませぬから」に代わる碑文を所望したところ、パルは次のような「大東亜悲願之碑文」をしたためてくれました。

激動し変転する歴史の流れの中に 道一筋につらなる幾多の人達が 万斛の思いを抱いて死んでいった
しかし 大地深く打ち込まれた悲願は消えない 抑圧されたアジアの解放のため その厳粛なる誓いに いのち捧げた魂の上に幸あれ ああ 真理よ あなたは我が心の中に在る その啓示に従って 我は進む
1952年11月5日
ラダビノード・パール

話は長くなりましたが、是非パール判事の碑を見たくて東京九段にある靖国神社に出掛けました。未だ松の内なので結構な人々が参拝にいらして大きな鳥居をくぐる時には厳粛な、お国の為に戦って亡くなられた方々に想いを馳せ、深々と頭を垂れました。 神社本殿にて参拝を済ませ、裏手にあるパール判事の碑を訪ね、感謝の気持ちを表すために、ここでも深々と頭を垂れ「ありがとうございました」と口ずさみました。

P1051987靖国入口.jpg
九段下から登って行くと大きな鳥居が見えて来ました。北風が吹き寒々としていましたが空気感は澄んでいます。

P1051973鳥居.jpg
わくわくする?少し興奮気味の心を抑えて入口に辿り着き「靖国神社」の門柱にも何故か頭を垂れ、大鳥居でも頭を深々と下げ神社境内に入りました。

P1051975神社正面.jpg
神社本殿にて参拝し、お国の為に戦った人々に弔慰を表し壱千円を白い布で内側を化粧されている大きな賽銭箱に入れました。

P1051978パール判事.jpg
パール判事の碑も靖国神社の方が手入れをされていらっしゃるのでしょう、綺麗に清掃されていて思わず跪き頭を垂れました。

靖国神社を後にして神保町の古本屋街を散策して三省堂に寄り、講談社学術文庫の「日本書紀」下巻を買い求め、未だ上巻を読みつくしていないのに、帰路につきました。東京に行く時は再び靖国神社に寄ってみようと思う。

今年も、齢を重ねても、こんな風に発作的な行動を続けるのだろうな......。


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